rat's eyes:脆弱なラショナリストの視点

脆弱なラショナリスト「建築家:岡村泰之」の視点

心身ともにメタな状態にしておくこと


メタな状態とは、完成形の一歩手前の
状態とでもいえばいいのだろうか。


言語を記述する言語 - メタ言語
文法を記述する文法 - メタ文法
理論を解釈するための理論 - メタ理論
自己の認知を認知すること - メタ認知


などというような使われ方をする。


医学における、いかなる細胞にも変化
することができる万能細胞(iPS細胞)
のような状態のことをイメージしていた
だくといいだろう。


人は、ふつう自分がついている職業人と
して社会的に振舞うことで世の中との
接点をもっている。いわば、社会的に
フィックスされている状態で生きている
と言い換えてもいいかもしれない。


建築の設計をしている人間は、自分が
建築家であるということから自分を引き
離すことで空間デザインをしている。
建築内建築では、新しい発想は生まれ
ない。また、依頼主の真意を見つけて
いくためには、建築家以前の自分に立ち
位置を引き戻し揺れることが必要である。


メタであるということは、いかような発想に
でも到達できるような精神状態にしておく
ということである。つまり、外部に対して、
真の意味でオープンな状態にするという
ことと同義である。


よく世の中では、オープンにオープンに
と騒がれている。表層的にオープンで
あってもあまり意味はない。自らをメタ
な状態にして世の中にさらすこと、それ
が真にオープンであるということである。


これからも、心身ともにメタでいこう!