rat's eyes:脆弱なラショナリストの視点

脆弱なラショナリスト「建築家:岡村泰之」の視点

モノをつくることは、モノを混沌から解き放つことである


建築の設計をしていると、神が降りてくるよう
に、諸問題が一気に解決するような感覚を
ときどき経験する。


建築を成り立たせている諸条件は、最初の
段階では混沌の中にあり、しくみやかたちは
見えていない。諸条件を解決していく中で、
だんだん、しくみやかたちが浮かび上がって
くる。そしてあるとき、一挙に問題が解けて、
建築として成立するようになる。


そのとき、建築は混沌の中から解き放たれ、
自分のあたまやからだにあった建築は、そこ
から、リリースされ、自分から遠いところに
去っていってしまう。この感覚は、基本設計
が終わるころ去来する。デザイン的な統合は
そこで完成されるのである。あとは、具体的
に建築とするために現場を見守っていくのみ
である。


モノをつくる行為とは、つくられたモノと自分が
分離されるための作業である。


そんな作業をこれからもずっと続けていくの
だろう。


●写真は、きのうの三軒茶屋散歩で採集した
トマソン物件。名づけて「出家させられた扉」。