rat's eyes:脆弱なラショナリストの視点

脆弱なラショナリスト「建築家:岡村泰之」の視点

一日事務所で仕事の日、そして読書のことなど


きのうは一日事務所で仕事の日だった。
雑用と構想的スケッチをする。


ここのところの読書は歴史に関わるもの
が中心となっている。日本の戦前戦中
戦後史。なぜか、縄文史。ヨーロッパの
近世近代史、中東史。いずれも現在の
世界状況を理解するための読書である。
この作業を続けていて、高校時代の世界
史日本史の勉強がいかに薄っぺらでほと
んど意味のないものだったかということに
気付く。ものごとの関係性やその時系列
の変化といったことに関心を向けられる
ことがなかった。ただただ、年号と人名
を暗記をするばかりであった。


こうした読書によって見えてきたことは、
ウクライナの情勢がなぜに現在のように
なっているか、中東情勢、ロシアの動き
方、EU情勢、アメリカという国のあり方、
東アジア情勢、などなどが輪郭を持って
見えてきた。本来の歴史教育は、いまを
考えるためのものである。高校などでこう
した教育をすることは重要なことだと思う。
もしかするとこうした考えで授業をされて
いた先生がいたにも関わらずこちらのアン
テナの感度が悪く情報をキャッチできなか
っただけかもしれない。


いずれにせよ、文科系の学問も理科系の
学問もいま現在の世界を正確に見据え
一市民として自分の頭でしっかり考えて
社会に参加するための教養だと捉え直す
必要があるように思う。いろいろな本を読
んで現在の社会状況のフレームが見えて
来て自分のものの考え方も少しずつ修正
されてきた。端的に言えば近代崇拝者で
あった自分の方向性を少しずつ考え直し
始めている。


本を読みながらこんなことを考えてみた。