rat's eyes:脆弱なラショナリストの視点

脆弱なラショナリスト「建築家:岡村泰之」の視点

道とはいえないとおりみち


写真は、近所の路地。


この先には、竹屋さんの敷地を通り抜けて、
交通量の多い道路につながるとおりみちが
ある。世田谷近辺では見つけるのが難しいが、
狛江あたりまで行けば、土手のようなとおり
みち、小学校の脇のとおりみち、水路の上の
とおりみちなど、不思議なバッファー空間を
たくさん見つけることができる。


都心では土地が売買されるときに、境界線を
きっちり確定し、とおりみちや路地のような
バッファー空間を日々抹殺し続けている。


バッファー空間なき、私有地と私有地の私利
私欲がぶつかり合う境界線では戦いが絶え間
ない。


山の熊も里山という人の手が入ったバッファー
空間がなくなることによって、まちにまで
出てきて人間とのフリクションを引き起こし
ている。


もう一度、あいまいなバッファー空間について
考え直してみる時期なのかもしれない。