rat's eyes:脆弱なラショナリストの視点

脆弱なラショナリスト「建築家:岡村泰之」の視点

ちょっとした工夫?


いま読んでいる、村上龍著の「日本経済に関する
7年間の疑問」という本に、「ちょっとした工夫」
という章がある。


構造改革特区や政府の産業振興策に関する苦言と
して、それらは「ちょっとした工夫」と揶揄している
のだ。構造改革特区にしても、波及効果を一応は
狙っているとしても、多くの国民を活性化に導く
ダイナミズムはない。産業振興策にしても、「今
すぐ商業化できそうな」、今流行のバイオを、そして
つぎにナノテクが流行ればナノテクを奨励するという
ようにと、目先のことしか考えていない。みんな
「ちょっとした工夫」である。


建築にも、このことは置き換えられる。建築でも、
表面的な「ちょっとした工夫」は誰にでも分かり
やすく、よくもてはやされる。でも、「ちょっと
した工夫」は、家族のハッピーな生活を生み出さ
ない。よ〜く考えられ練られた建築空間こそが、
人に快適さと豊かさをもたらす。


いくら予算がなくても、「ちょっとした工夫」で
やり過ごすのではなく、しっかりとしたしくみを
持つ建築空間をつくり続けて生きたい。


●写真は、事務所の庭の柿。ムクドリが突っつ
いた残骸である。ムクドリも都会の生活に順応
できるようになってしまったのだろうか。