rat's eyes:脆弱なラショナリストの視点

脆弱なラショナリスト「建築家:岡村泰之」の視点

抽象が人と人をつなぐ


抽象やコンセプトということばは、毛嫌いされ
がちなもののようだ。難しいもの、分からない
ものと思われているのだろう。


でも、人間の日常生活を見てみると、それらなし
では何も成り立たないことが分かる。


なにか店で買い物をするとしよう。当然、お金を
使って買いたいものを買う。お金というものは、
価値があるとみんなが決めた金属や紙である。
ほしいものをその金属や紙と交換しているのだ。
この行為は、実は高度に抽象化されたもので
ある。


つぎに、だれか他人と話をするとしよう。そこ
では、ことばを使ってお互いが伝えたいことを
伝え合う。ことばというものも、何か実際にある
ものや行為を音に変換した抽象である。これほど
抽象化された行為もないかもしれない。


日々生活していて、人間の行為には抽象が付き
まとう。コンセプトとは、概念と約されるが、抽象
を寄り集めたひとまとまりの考えのことである。


確かに、具体的なことと全くかけ離れた抽象や
コンセプトは単純に独りよがりなもので、時々
美学的な意味を持つこともあるが、私自身は
そこにはほとんど意味はないと考えている。


現実的で具体的なものとつながっている抽象や
コンセプトは、人と人とのコミュニケーションを
より深いものにしてくれる。逆にそれらがないと
対話そのものも成り立たない。


こうした良質な抽象やコンセプトを駆使して、
人と人が相互に理解し合える場をつくっていけ
るよう積極的に考えていきたいと思っている。