rat's eyes:脆弱なラショナリストの視点

脆弱なラショナリスト「建築家:岡村泰之」の視点

落ち込むこともあります。


たいてい、落ち込むの理由は、自分あるいは
他人に期待をかけて、実際は期待通りにいか
ないことにある。


ならば、自分や他人に期待をかけなければいい
のか。それでは、自分や他人への働きかけが
なくなり、コミュニケーションも成立しなくなる。
また、そうすると、人はどんどん孤立していく。


できることといえば、自分なり他人が期待に
値するかどうかをあらかじめ見分けることだ
ろうか。しかし、これが意外と難しい。ちょっと
前までは、人の意思と振る舞いが一致すること
が多かったので初対面で直感的にその人の
方向性を見極めることができた。でも、いまは
違う。意思とは無関係にマニュアル化された
振る舞いをする人が急激に増えているような
気がする。それゆえに、責任ある仕事を任せて
みるまで、その人がどういう人なのか分から
ないのだ。また、同じように自分のことも分か
らない。


そんなこんなで、ここのところ、こころの中で
かなり落ち込んでいた。


そこで考え方を改め、気持ちを切り替えること
にした。最初からお互い責任ある関係で付き
合うことにしようと考えたのだ。そうすれば人に
も期待をかけられる。それぞれの立ち位置を
理解し合い、責任を全うするのだ。


これからはそうした考え方で人と付き合うこと
にしようと思う。