rat's eyes:脆弱なラショナリストの視点

脆弱なラショナリスト「建築家:岡村泰之」の視点

無謀さについて


思えば無謀な生き方をしてきた。大学院を出るとき、
就職活動というものをしなかった。設計事務所に2
か所務め、28歳で独立する。仕事のあても何もなく
てである。なんとか、1年に1〜2つの建築を設計し、
それだけでは食えないので、リゾート法がらみの
レポートなどで食いつないでいた。


29歳のとき、仕事がないのに友達と芝居を打ったり
した。ほんとうに無謀である。それでも建築は止め
ることなく、専門学校や建築資格学校で教えながら
なんとか生きていた。


仕事が来るようになったのは、35歳を過ぎてから
だろうか。そんな中、無謀にも快住計画という戸建
コーポラティブプロジェクトを立ち上げる。もう少し
で何軒か実現しそうになったが、あともう少しの所
で実現できず。そこで、路線を複数戸の建売住宅
でまちをつくるという方向に舵を取る。こうしたプロ
ジェクトは一般の建築家は手掛けることはない。


その後、普通の建築家だと書かないような内容の
「ちくわハウス」と「建築バカボンド」という本を書く。
本来の建築家という道から外れた道を好んで選択
し生きてきた。


いまも、何か面白いプロジェクトはできないかと
機会を狙っている。


根拠なき自信を信じとにかくこれまで無謀に生き
てきた。無謀さとは、既成の物事のありようから
逸脱することである。既成の枠の中で生きていく
のは安心だし楽である。しかし、面白い建築や
アートは、既存の枠組みから逸脱することでしか
生み出されない。だから、これからも逸脱し続けて
無謀な人生を歩んでいくことになるのだろう。