rat's eyes:脆弱なラショナリストの視点

脆弱なラショナリスト「建築家:岡村泰之」の視点

コントロールできないもの


近代社会や近代科学は、世の中にコントロールできない
ものはないという前提で社会や理論をつくり上げてきた。


しかし、世の中は、コントールできないものだらけで
ある。まず、自分のからだでさえ支配できない。脈拍も
呼吸も自らコントロールして動かしているわけではないし、
成長や老いについても同様だ。ましてや夢の中では、
無意識という魑魅魍魎が跋扈している。


全部が全部、世の中をコントロールしようという発想で
世界を見るのではなく、コントロールできないものは
なにかを見極め、できるものをみんなが納得できるものに
していったほうが納まりがいい。


ときどき思うのだが、よくみなさん車をあんなに上手に
運転できるなあと思う。すべてがコントロールできる
とするなら、車の運転などできるはずがないと思う。
無意識に処理している部分があるからこそ運転が成り
立っているような気がする。どこで子供が出てくるか
分からないし、路面がどうなっているか運転してみないと
分からないし、はじめての道ならカーブの形状だって
通ってみなければ分からない。そんなところを数センチの
精度で運転するのだからまさに奇跡的だ。


コントロールできるものより、コントロールできない
もののほうが膨大にある。そのことを分かった上で
生きていくほうが気が楽だ。


支配できることが少ないからこそ、人生はおもしろい。